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2017.03.26article

2006年にロンドンでセント・パトリックス・デーを観た Taku さんの写真です。ロンドンでアイルランドのパレードとは、イギリスも懐が深い。

2006年にロンドンでセント・パトリックス・デーを観た Taku さんの写真です。ロンドンでアイルランドのパレードとは、イギリスも懐が深い。

セント・パトリックス・デー in ロンドン

[by Taku, 2007年3月]

パレードは12時から。
11時半頃に Piccadilly Circus を降りると、緑のグッズをつけた人がちらほら。パレード開始地点の Park Lane 方向に向かいます。

Viewing Hot-Spot に指定されている Green Park 駅辺り。いい位置をとった女の子。ばっちりセント・パトリックス・デー・コスチュームで決めています。12時をとっくに過ぎてもなかなかはじまらない。

12時20分頃。ようやくはじまりました。静かなスタートですが、後方よりにぎやかな音楽が聞こえて来ます。 Green Park 駅辺りは混雑もそれほどでなく、ゆっくりと見物することができます。いよいよ聖パトリックの登場です。

アイリッシュ・ダンスのグループの登場です。競技会用の衣装が素敵です。ロンドンのパレードには、たくさんの音楽やダンスのグループが参加していました。

ニューヨークとは異なり、ロンドンのパレードでは山車が登場します。落っこちないようにしっかり柵がつけられています。山車の上ではアイリッシュ・ダンスやアイルランド音楽の生演奏など実に賑やか。アンプ搭載で大音量の山車も。見ていて飽きることはありません。

トラファルガー (Trafalgar) 広場前。
このあたりは見物の人たちでいっぱい。Trafalgar Square を少し下った Whitehall 辺りでパレードは終了。お疲れさまでした。

パレード終了後は、トラファルガー広場でコンサート。グリーン、オレンジ、白の大量の風船が一斉に空に放たれ、コンサートがはじまりました。この日はアルタンも登場しました。

入り口も出口も警備は厳重でした。もちろんビールは会場から持ち出し禁止です。会場内はOK。


たくさんの人、人、人。

London St Patrick's Festival https://www.london.gov.uk/events/2017-03-17/london-st-patricks-festival

INJ Link INJ – セイント・パトリックス・デイ – 人物、パレード、歴史
INJ Link INJ – みんながグリーンになる日

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2017.03.24article

ダブリンのフェスティバルの舞台裏を少し教えていただきました。今度は皆さんがダブリンでボランティアになって参加してみてはいかがでしょう。

 


ダブリンのフェスティバルの舞台裏を少し教えていただきました。今度は皆さんがダブリンでボランティアになって参加してみてはいかがでしょう。


[ 2009年1月 ]

アイルランドのダブリンではセント・パトリックス・デイの祭典は5日間つづき、セント・パトリックス・フェスティバル (St. Patrick's Festival) と名付けられています。2008年の終わりに、このダブリンの セント・パトリックス・フェスティバルの CEO、ドナル・シールズ (Donal Shiels) 氏が来日しました。日本でセント・パトリックス・デイ・パレードを主催している各地のスタッフが集まり意見交換をしました。その時のシールズ氏のお話をご紹介します。
 

* * *

Festivalフェスティバル委員会は1995年に設立されました。1920年代から始まったそれまでのセント・パトリックス・デイ・パレードはダブリン市の観光局が独自に行ってきました。しかし、観光局では年間の様々な業務の1つとしてパレードを行っていたので、このイベントの発展には限界がありました。そこでアイルランド政府の観光大臣の主導のもと、3月17日の セント・パトリックス・デイのイベントを専門に運営する組織が出来、私たちの仕事がスタートしました。イベントは年々大きくなり、今ではアイルランドで最大のフェスティバルになりました。セント・パトリックス・フェスティバルは5日間に渡り、18の様々なイベントに55のパフォーマンスが行われます。プログラムは伝統芸能やストリート・アート、音楽や映画、コメディーショーなど多岐にわたります。フェスティバルの最後を飾るのはパレードです。ダブリンは100万人の人であふれ、テレビではその様子が放送され、世界の5千万人が見ます。

leafletフェスティバルの準備は一年間を通して行われます。 5人のプログラム・ディレクターがパレードのアートやプログラム、マーケティングやファイナンスなどを分担します。まず4月から9月は次のフェスティバルのための新しい企画を練ります。テーマを考え、 音楽、歌、スポーツなど、毎年新しい試みをし、お客さんが毎回違ったものを楽しんでもらえるように工夫をします。10月から12月の期間は出来上がった企画についてスポンサーや交通機関、警察、店や劇場などの地元ビジネスといった、関係各所と打ち合わせをします。1月になると決まった計画に沿って具体的にフェスティバルを作り上げて行きます。2月中旬からはPR活動です。新聞、雑誌、テレビから様々なメディアを使ってフェスティバルを広く多くの人に知ってもらえるよう工夫をします。「 Greening the City (町を緑に) 」というテーマの時は、ダブリンのランドマークのハーペニーブリッジに芝を敷き詰めたりもしました。

Mr. Shields3月中旬、フェスティバルが始まります。この大きなフェスティバルも委員会スタッフだけでは実現できません。この時に合わせて参加して頂く200人から300人のボランティアの協力は大変重要です。地元のボランティアには大学や語学学校の生徒がいます。2008年は観光客も120人ほど参加してもらいました。ボランティアはウェブサイトから受け付けていて、多くの人達がフェスティバルに応募していただけます。コーディネーターがリーダーとなって、2週間前から打ち合わせなどをして準備をしてゆきます。

フェスティバルのハイライト、パレードの作業は、前日からルートにフェンスを設置することなどから始まりります。そして当日、様々な衣装や山車を作って来るパレード参加者は4,000人ほどになりますが、17日当日の朝6時から集まって支度を始めます。雨が降ることもありますが、アイルランドではあまり土砂降りになることはないですし、そのままパレードは行われます。

2008年、お客さんに楽しんでもらえるように考えたパレードは大いに盛り上がりました。この年はダブリンだけではなく、ロック・オブ・カシェルで花火と光のショーも行いました。地元の人達も自分たちの町でイベントが行われ、それが紹介されることを喜んでもらいました。各イベントは多くの文化やアイデアを取り入れた、開かれたフェスティバルで、まさにアイルランドを象徴するように、みんなで歌ったり、踊ったり、様々な国の人達に楽しんでもらえます。

最後のイベントのパレードが行われた後は、ボランティアとスタッフで打ち上げパーティーを行い、その年のフェスティバル運営は終了します。そして、また来年への準備が始まるのです。

Parade

(ダブリンのパレードの様子はこちらへ :
INJ Link ダブリンのセント・パトリックス・デー・パレード)


St. Patrick's Festival : www.stpatricksday.ie
アイルランド政府観光庁 : www.ireland.com/ja-jp
Cashel – Tipperary, Ireland : www.cashel.ie

INJ Link セイント・パトリックス・デイ – 人物、パレード、歴史
INJ Link セント・パトリックス・デー in ロンドン
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2017.03.22article

一度は見てみたい、本家アイルランド、ダブリンのセント・パトリックス・デー・パレード。これでパレードを訪れる際の準備完了。

前回のフェスティバルの舞台裏に続き、今度は一度は見てみたい、本家アイルランド、ダブリンのセント・パトリックス・デー・パレード。これでパレードを訪れる際の準備完了。


アイルランドではセント・パトリックス・デーはクリスマスに次いで大きな行事です。日本のラジオを聞いていると、アイルランドのセント・パトリックス・デーのことを紹介していましたが、そこでは「パレードはニューヨークで始まりました。アイルランドのパレードは1996年に始まってすっかり定着しました・・・」と言っていました。ニューヨークはいいですが、アイルランドのパレードは1920年代より行われています。恐らくダブリンのフェスティバルのウェブサイトを見て言っていたのでしょう。1996年に始まったのは政府主導のパレードです。パレードはダブリン市によって以前から行われていましたが、1995年になってからは政府主導で企画、運営されるようになりました。1996年に新生パレードが始まり、1997年からは名前をBanner「セント・パトリックス・フェスティバル ( St. Patrick's Festival )」に変えて、1日だけではなく、3日間のイベントになりました。このフェスティバルは国内外の多くの人を魅了し、今では5日間に渡る祭典になりました。この期間はコンサートや映画、アイルランド語ワークショップやアート・エキシビションなど様々なイベントがダブリンの街中で行われます。そして、最後のハイライトがパレードになります。

  1993
1993年のダブリンのパレードの様子  

以前はアイルランド人自身よりも外国人、特にアメリカ人の観客やパレード参加者が多かったような印象でした。祖先の故郷、アイルランドに戻って錦を飾るという意味合いが強かったのでしょうか。メインステージの参加者紹介でも、「ニューヨーク州 xx バンドの皆さんです!」というように、アメリカからの参加者が多くパレードしていました。現在はずいぶんと派手になり、サンバあり、ヨーロッパの民族衣装的なものありといったインターナショナルな様相です。

 

アイルランドでは3月17日の聖パトリックの命日、セント・パトリックス・デーは祝日です。アイリッシュの間では通称、パディーズ・デー。教会に行く人もいれば、クロークパークに恒例のゲーリックフットボールとハーリングのクラブ・チャンピオンシップ・ファイナルの試合を見に行く人もいます。ダブリンの若者はパレードに対しては結構冷めていました。日本でも若者が伝統行事に無関心なのと同じように、「あれは子供が見に行くもんだ」といった感じです。でもフェスティバルとなった最近の盛り上がりはそんな雰囲気も変えました。また、この日はダブリンのパブが普段よりも遅くまで開いています。普段は午後11時には閉まっている地元のパブが、夜1時でも開いていたりします。

  Gogarty's
町中がセントパトリックスデイ一色です。
City Hall
グリーンのライトアップ
McDonalds
あのファーストフード店もアイルランド色

キリスト教にレント ( Lent ) というイースターまで節制をする習慣があります。よくレントの期間はお酒を飲まないという人にアイルランドで会ったりしますが、セント・パトリックス・デーはそのレントの真ん中にあります。人によってはセント・パトリックス・デーはその節制を一時的に解いて、パブに行って喉を潤すという事もあるようです。中には箍が外れたようになっている人もいますが(笑)。

パレードのルートはダブリン、シティー・センター北のパーネルスクエアから、メインのオコンネル・ストリートを通ります。さらにトリニティーカレッジの前を曲がり、デイム・ストリートを進んで、クライスト・チャーチ大聖堂の前を曲がり、聖パトリック大聖堂までとつづきます。約4000人の参加者が練歩き、ダブリンは100万人の人出で溢れます。このパレードの時期、ダブリンの中心地のホテルは2、3ヶ月前からでも予約が取れるか分からない状態になります。

  O'Connell st
パレード開始2時間前のオコンネル・ストリート

   O'Connell st
   だんだん人が集まってきます。

パレード当日は少しでも良いところで見ようと観客が早くからルートに陣取りを始めます。GPO (中央郵便局) の横には来賓席も作られてメインステージとなります。

  O'Connell st.
パレード開始寸前。考えられる観覧スポットは全て人で埋まっています。観客も準備完了。
  O'Connell st

町中のお土産店ではシャムロックのハットなど、パディーズ・デー・グッズが並んでいるので、それらを身に付ければ、その日は皆がアイリッシュに。そしていよいよ、フェスティバルのハイライトの、パレードが始まります。

# St. Patrick's Day Parade
  St. Patrick's Day Parade

17日お昼の12時にパレード開始です。グランドマーシャルがパレードをリードし、今風のセント・パトリックもいます。ガーダ(警察)の騎馬隊やアイルランド防衛軍の行進、そして消防隊のパイプ&ドラムバンドなどが続きます。

  Parade
米アイオワ州からのバンド    
  Parade
  Parade   Parade
工夫を凝らした衣装が続きます。
  Parade
巨大なオブジェは圧巻
  Parade
 
  Parade
かわいい帆船の船団
  Parade
 優雅な波?のダンス
  Parade
ハイクロスと Nun ? のバンド
  Parade
  Parade  

パレードは様々な工夫を凝らした山車や衣装、巨大バルーンなどの参加者が次々と出てきます。ルートはミュージックと歓声で賑やか。テレビ中継も行われ、レポーターが観客にインタビューしています。観客の中にはアメリカはもちろん、ヨーロッパの国々から来た人もいます。国際色豊かな雰囲気の中、パレードは町中を約2時間、大いに盛り上げます。

 

  Temple Bar
テンプルバーの様子

パレードが終わってもお祭りはつづきます。無数にある町中のパブもこの日ばかりはフル回転。シティーセンターでは観光客とダブリナーと一緒に、パイントを片手にこの日はみんながアイリッシュ。

パブやクラブが集まるテンプルバー・エリアでは、通りが人で溢れ、日本の正月の初詣のような状態に。でも、あちこちに "レプリコーン (Leprechaun)" が歩いていて、紛れもなくアイルランド。

retire  
力尽きて途中リタイアする人も。  

 

町中のあちこちで歌が自然に始まって、お祭りの楽しい雰囲気の中ダブリンの夜は更けて行きます。

この春を訪れを祝うお祭りは毎年工夫を凝らした新しい出し物で楽しませてくれます。アイルランドを楽しむならぜひ一度セント・パトリックス・フェスティバルを体験しなければ!Brochure

[ 2009年3月 Kaori & Taro]

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2017.03.20article

今年もセント・パトリックス・デーがやってきました。アイルランドのシンボルカラーは緑。緑のシャツでも着てパレードやアイリッシュパブに出かけましょう。

 

 

 

 

 

 

今年もセント・パトリックス・デーがやってきました。アイルランドのシンボルカラーは緑。緑のシャツでも着てパレードやアイリッシュパブに出かけましょう。

みんながグリーンになる日

セント・パトリックス・デー (3月17日) はあちこちでアイルランドのシンボルカラーの緑になります。そんなグリーンなものをご紹介。

 

Empire State Bldgニューヨーク

あの有名なエンパイア・ステート・ビルもパディーズデーにはグリーンにライトアップ。マンハッタンのアイリッシュパブ [ (米)アイリッシュバー] が盛り上がります。

 

パレードの歴史が長いニューヨークは、沿道の緑にも力が入っています。

New York

 
 

Yankees NY CapNew York Mets

メジャーリーグ・ベースボールは日本ですっかりお馴染みになりましたが、ヤンキースのピンストライプもパディーズデーには緑に。オレンジのマークはニューヨークメッツのキャップです。 どれもこの日だけの特別仕様。

 

 

 

シカゴ

Chicago Riverこれも有名な、緑のシカゴ川。さすがアイリッシュ系の人が多い町シカゴ。パディーズデーのスケールが違います。この色の素は環境には影響が無いように作られているそうですが、そうとは信じられない色です。

Chicago River

 

 

 

グリーンビール

beerセント・パトリックス・デーになるとアメリカのバーで出されるグリーンのビール。この日はバーやパブに行って楽しむのがお決まり。そこでパディーズデー気分を盛り上げるのがこのビール。味は普通のラガービールに緑の食紅を混ぜただけなので変わりません。なおグリーンビールはアメリカのオリジナルでアイルランドでは見かけません。
 

 

 

 

日本

Tokyo Tower日本でもアイルランドと日本の外交関係樹立50周年を記念して2007年に東京タワーがライトアップされました。ご覧になった方も多いでしょう。その夜はカメラを構える人がたくさんいました。

Tokyo Tower

 
 

Ise
伊勢では大鳥居がライトアップされました。

Anniversary

 

 

セント・パトリックス・デーは緑を着けて、皆が1日アイリッシュ。
[2008年3月 Taro]

 カテゴリ:記事 
2017.03.10article

また今年も世界のあちこちで、町が緑に染まる時季がやって来ました。パレードを大いに楽しむ前に、ちょっとその由来と今についてのお話です。

 

 

 

 

 

 

また今年も世界のあちこちで、町が緑に染まる時季がやって来ました。パレードを大いに楽しむ前に、ちょっとその由来と今についてのお話です。

毎年3月の日曜日に、原宿の表参道はケルティック文化のお祭りでにぎわいます。東京のセント・パトリックス・デイ(St.Patrick's Day – 聖パトリックの日)パレードは、1,000人を超える参加者と、3万人の見物客で、まさに日本の、最高の国際色豊かなイベントの一つです。この楽しさいっぱいのパレードは、アイリッシュ・ミュージックやダンス、ケルティック・アートやデザイン、日本中から集まった様々な参加者などに出会えるユニークな機会です。東京のセント・パトリックス・デイはまた、アイリッシュだけのイベントではなくなって久しいこの日に、アイルランド人、アメリカ人、イギリス人、日本人や、世界の人々と一緒に騒げる、国際交流の場でもあります。日本人のアイリッシュダンサーはフィドルやティンホイッスルに合わせてステップを踏みます。 " 聖パトリック " 自身がパレードを先導して、バグパイプ・バンドや、マーチング・バンド、すばらしいアメリカ軍軍楽隊、大学チアリーディング・チーム、インターナショナルスクール、そして動物好きにはアイリッシュ・セターとアイリッシュ・ウルフハウンドが続きます。そして様々な職業の人が参加するボランティアも、風船やバナーを持ってこの大きなパレードに参加します。

Parade in Dublinセント・パトリックス・デイは、そんな多くを取り込んだインターナショナルなイベントになってしまったので、その起源や、どうして世界中で3月17日近くの週末なのか、そしてなぜグリーンの習慣がこのように世界に広まったかということを忘れがちです。'セント・パディーズ・デイ 'は伝統的には宗教的な祝日で、パレードではグリーンが中心的な色です。これは、アイルランドではグリーンは希望と自然、そして春の訪れを表すからです。3月17日は、伝説では異教のアイルランドをキリスト教に改宗させたといわれる人物、聖パトリックの命日なのです。実際、伝説の中の聖パトリックがアイルランドから蛇を追い払ったというのは、まさにそのことで、これは初期のアイルランドにおいて、異教の生活習慣や文化が終わったことを意味しているのです。

このアイルランドの守護聖人である聖パトリックの初期の様子はほとんど知られていません。しかし、彼の生涯はまさに皮肉なめぐり合わせでいっぱいでした。中でも最も有名なのは、彼がアイリッシュではなく、ブリティッシュだったということでしょう。彼は少年の時にアイルランドの海賊に故郷ブリテンからさらわれて、6年の間、奴隷として強制的にアイルランドで羊の番をさせられたのでした。それは寂しく、恐ろしい体験で、そこで祈りと黙想に安らぎを見出したのでした。パトリックの本当の名前は全くアイルランド的ではなく、Maewyn Succat (マイウェン・サケット) と言いました。彼は後に聖職者となってから、もっとキリスト教徒的名前のパトリックに変えました。それはアイルランドからブリテンに脱出した10年後のことで、その後、ゴール (Gaul、ガリア – フランス)の修道院で12年間以上、教義を学ぶことになるのでした。

伝説によると、このアイルランドから離れていた間、彼はアイルランド人を改宗させるためアイルランドに戻れという声に取りつかれたということです。彼のアイルランドの言語や現地人に関する知識は、彼を布教の指揮をとるのに適任者としました。60歳に達した時、彼は異教徒を改宗させる最終段階を監督するため、アイルランドに送られたのでした。一般に知られていることとは異なり、聖パトリックはアイルランドにキリスト教をもたらしたのではなく、むしろ、何十年か前に当時未開で危険な土地に降り立った勇敢な宣教師達の後を引き継ぎ、布教を完成させる仕上げを行ったのです。この聖人はこの新しい土地に宣教師として30年間住み、西暦461年3月17日に他界したのでした。


New York

そして更なる皮肉なこととして、聖パトリックの日の、パレードの習慣はアイルランドで始まったのではなく、アメリカ合衆国で始まったということがあります。イギリスの軍隊とともに兵役に従事していたアイリッシュの兵隊が1762年の3月17日にニューヨークの町を行進したのが始まりでした。この小さな始まりから、セント・パトリックス・デイ・パレードはしだいに大きくなって行き、今では、ニューヨークから、シドニー、モスクワ、東京まで、世界の主な大都市で祝われるまでになりました。中でもニューヨーク・シティーのパレードはどこよりもはるかに大きく、20万人以上がパレードに参加し、100万人以上の人が沿道やテレビでこれを見ます。

東京の最初のパレードは1992年に行われ、参加者の努力とスポンサーのおかげで、他の聖パトリックの日のパレード同様、年々大きくなって行きました。そして、この日に古くから言われるように、「皆がアイリッシュ」となり、踊って、飲んで、笑って、このお祭りを楽しみます。それが世界中で楽しまれているセント・パトリックス・デイです。

By セナン・フォックス
[ 2006年3月 ]

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