
映画「ライアンの娘」の感想とその舞台として有名なアイルランド南西の端、ディングル半島のお話です。映画の内容にはあまり触れないように書いてあります。
「ライアンの娘」とディングル
[by Samon, 2005年5月]
2005年4月24日、映画「ライアンの娘」( Ryan’s Daughter 1970年) でアカデミー助演男優賞を受賞したジョン・ミルズがこの世を去りました。97歳だったそうです。そこで、名優を惜しみながら、ちょっとこの映画について書いてみました。

Three Sisters
「ライアンの娘」は、「旅情」(1955) 「戦場にかける橋」(1957)「アラビアのロレンス」(1962)「ドクトル・ジバゴ」(1965)などの名作を残した英映画界の巨匠デヴィット・リーン監督の作品です。映画は1916年ごろの、都市部でイギリスからの独立運動の気運が高まる中のアイルランド西部の寒村を舞台に、地元の女性と”駐留”イギリス軍将校との不倫にドイツからの武器密輸などをサブ・プロットに交えながら愛とは、夫婦とはといったテーマを描いて行きます。映画が製作された1970年前後は北アイルランド紛争が危機的状態の頃で、そういった時にこの映画が作られたことを考えると興味深いです。
映画ではアイルランド西部の美しい景色が多く使われていますが、モハーの断崖でサラ・マイルズ演じる主人公のローズが日傘を崖下に落とすところから始まり、次はディングルの浜辺といった具合に、舞台はアイルランド西部の架空の村になっています。作品の中では雨が降ったと思ったら止んだりと、アイルランドという舞台の特徴を表現するのに効果的に利用されています。村や兵舎のセットはディングルに作られて撮影されました。ディングル半島は美しい景色がコンパクトに凝縮されたような、リング・オブ・ケリー(ケリー周遊路)のダイナミックな美しさとは違った独特な美しさがあります。小さな港町のディングルが半島の先から4分の1ほどのところにあり、B&Bが多くあります。アイルランド語が話されるゲールタクトの地域でもあり、店のサインなどもアイルランド語で書かれていたりします。


「ライアンの娘」でデヴィッド・リーン監督は得意の歴史に翻弄されるキャラクター達の内面の葛藤を繊細に表現し、「アラビアのロレンス」や「戦場にかける橋」のように、対峙するそれぞれのキャラクターをバランスよく描いてゆきます。少女の成長ストーリーとしてはあまりに過酷な話のなかで、トレバー・ハワード演じる神父が画面に出てくると、人間臭く父親のような存在で安心させてくれます。イギリス映画界の俳優で多くが占められた映画の中で、米国のスター俳優であるロバート・ミッチャムがメインキャラクターの一人として好演しています。ジョン・ミルズ演じる知的障害を持つ男、マイケルは要所でストーリー展開のきっかけを作る役割をし、道化的な役ながら、言わば運命のいたずらをする天使や妖精の存在にも見えてきます。
この「ライアンの娘」で何といっても圧巻は絵画のようにスクリーンに映し出されるアイルランドの自然です。まさにアカデミー撮影賞を受賞したことを納得させられるシーンの数々です。天気が変わりやすい西部の撮影は大変だっただろうと想像できます。デヴィット・リーンは「アラビアのロレンス」で砂漠を人間を圧倒する美しく残酷な存在として描いたように、アイルランド西部の海や山、砂浜や森を美しく、時に荒々しく描き、神々しい自然の中で物語を展開することで哀しいストーリーを際立たせています。監督は、アイルランドの西部という信仰と自然が共に近代文明に侵されていない場所を舞台に、神、教会、罪、罰、贖い、愛といったものを作品の中で静かにシンボライズさせようとした、と思うのは穿ち過ぎでしょうか。
映画の中では砂浜が印象的に使われていますが、撮影にも使われたインチの浜辺は、実物も息を呑む美しさです。日本のガイドブックなどではほとんど紹介されていませんが、ディングル半島とリング・オブ・ケリーの間のディングル湾にあり、車で見つけたときは一目で映画に出てきたあの浜辺だと分かりました。はるか彼方まで続く遠浅の浜辺をゆっくりと平らな波が表面をすべり、まさに映画のままでした。デヴィッド・リーン監督が「ここだ!」と言ったのが聞こえるようでした。

インチ海岸
(黒点は人影)
「ライアンの娘」は「アラビアのロレンス」や「ドクトル・ジバゴ」のようなスケールの大きさはありませんが、女性の性や内面を描いている点で最後の作品「インドへの道」ともつながる美しい作品です。また、ディングル半島やカウンティー・ケリーは今でも1969年撮影当時の姿を残す美しいところです。映画を見てからディングルを訪れてみてください。感動が倍増すること間違いなしです。

ディングル半島の先端、スレア岬にある Coumeenoole の浜の上の丘には「ライアンの娘」撮影の記念碑があります。
ここには嵐のシーンの坂道などそのまま残っています。
“Ryan’s Daughter Commemorative Stone – 1969”
ロケ地、登場場所
| <Dingle, Co. Kerry> Coumeenoole Strand Slea Head Minard Castle The Blasket Islands – the ‘sleeping giant’ Inch Strand Carhoo, Dunquin |
<Co. Kerry> Barrow Strand, Tralee Ring of Kerry<Co. Clare> Cliffs of Moher Bridges of Ross |
参考文献:世界の映画ロケ地大辞典 / トニー・リーヴス著 齋藤敦子監訳 晶文社
アイルランド政府観光庁: www.ireland.com
Dingle Peninsula Tourism: http://www.dingle-peninsula.ie
David Lean Website: http://old.bfi.org.uk/lean/
Ryan’s Daughter: David Lean Website のページ
DavidLean.com: http://www.davidlean.com






















2003年8月上旬、Ring of Kerry (リング・オブ・ケリー)にあるCaherciveen(カーシビーン)という小さい街のホステルに滞在し、Skellig Michael ボート・トリップに参加しました。
30分位走ると、Portmagee (ポートマギー)という小さい村に到着。ひっそりとした港の近くにお土産屋さんが1件、パブが1件。
10時出航。ボートのエンジン音に、期待でいっぱいになりました。前日の雨が嘘のように晴れ渡り、海面が輝いて、目が痛いほどでした。大西洋の波に揺られ、1時間半程の船旅でした。日本人は私だけで、フレンドリーなイタリア人、ドイツ人と一緒でした。”We are on the same boat.”(運命を共にする)という言葉の意味を実感しました。
ピラミッドのような形の島に上陸すると、手すりも柵もない、長くて急な階段を登って行きました。落ちたら絶対に助からないでしょう。「お子さんをお連れの方は目を離さないで下さい。」という看板がありました。一気に登るのはきついので、休みながら登りましたが、何度も、”Oh, my GOD !!”という声が聞こえてきました。
島では有名なパフィン (ツノメドリ) には会えませんでしたが、アザラシに会いました。13時にボートが迎えに来て、なごり惜しみつつ、島をあとにしました。


目にするもの、手に触れるものの全てが、アイルランドは昔から美しい国土をたたえ、今では「神秘的」といわれるものが確かに「現実」となりうる風土であったことを教えてくれたように思います。



(でも、この規模のパーキングはモハー以外で目にしたことはないんですね~。) そこがモハーの駐車場でした。



1 day trip などで訪れる方も多いと思いますが、天気が良ければ半日ぐらいボ~っと しているのが絶対のお薦めです。






中に入るとお客さんのにぎやかな話し声で活気があります。ビートルズやシカゴのソフトなロックが流れていていい感じです。バーカウンターがあり一見アメリカン・バーのようです。細長いカフェの中は長いカウンターとテーブルで左右に分かれていたので、テーブルに座りました。テーブルの上にはアイリッシュコーヒーを勧めるメニューがあり、期待が膨らみます。食事もできるのでアメリカならではの大きなハンバーガーを食べました。






太陽の眩しいサンフランシスコにもアイリッシュの軌跡を発見できました。この後は、アイリッシュコーヒーのウイスキーでほろ酔い気分のまま、サンフランシスコの観光に繰出しました。





9月の25日の土曜日に東京ビッグサイトへ旅行博を見に行きました。目的はもちろんアイルランド・ブース。土曜日のためか会場はとても混んでいました。会場内は地域ごとに分けられていて、アジア、アフリカ、中近東、北米、中・南米、ミクロネシア・オセアニア、ヨーロッパなどがありました。それぞれの民族衣装をまとった人たちが自分の国の魅力を紹介していました。


スタッフが国花、シャムロックのシールを配っていました。





「パブ・クロール」って、なぁ~に?そんな疑問を持ちながら参加した「パブ・クロール」でした。
日本で言われている「はしご酒」??


Of the numerous Irish exports that have been welcomed throughout the world, none are more unique and heart warming than the traditional Irish coffee.The origins of Irish coffee owes itself, as many Irish drinks do, to the cold yet 'refreshing' Irish weather. In the 1930s and 1940s, Foynes – a port town in the south-west of Ireland, was a major transfer point between the United States and Europe for passenger flying boats that made an often bumpy and chilly eighteen hour journey across the vast Atlantic Ocean. On one occasion in 1942, realising that passengers were often cold and exhausted after the long flight and the short boat trip from the seaplane to the Foynes terminal restaurant, the caterers, managed by Brendan O'Regan, and the chef, Joe Sheridan, developed a drink with an Irish touch that was sure to warm their hearts and spirits. One story has it that one of the passengers asked, 'Is this Brazilian coffee?", to which Joe Sheridan replied, 'No, that's Irish coffee'. And so, Irish coffee was born, and its unique taste allowed its appeal to spread around the world, especially in the United States.
In 1952, Chef Joe Sheridan visited the Buena Vista Cafe in San Francisco and introduced the first Irish coffees to the United States. The Buena Vista Cafe is now world famous for its Irish Coffees and sells more Irish coffees every day than anywhere else in the world. As a tribute to Joe Sheridan , a plaque honouring his achievement can be seen outside the Joe Sheridan Cafe Bar in Shannon International Airport – now the new gateway to the south-west of Ireland. Every summer, the people of Foynes celebrate the Irish Coffee Festival with parades, a carnival, traditional Irish music and the World Irish Coffee Championship. In this friendly yet competitive contest; waiters, waitresses and bartenders from all four corners of the world vie for the title of World Irish Coffee Making Champion. For lovers of Irish Coffee wherever you may be, we hope that it puts a smile on your face and some warmth in your heart. Slainte – the Irish word for 'Cheers'.





アイルランドは英語のアクセントに慣れたり、様々な表現を知るには良いところです。アイリッシュ・アクセントを学べるのは言うまでもなく、テレビをつければ、アメリカ映画や、最新のアメリカの人気TVシリーズが放映されています。また、UK のニュースや様々なTV番組、45年間も続いている Coronation Street や、EastEnders といった人気ソープオペラが毎日見られます。また、オーストラリアからはカイリー・ミノーグが有名になった Neighbours や、Home and Away といったソープオペラもやっています。お茶の間で、様々なアクセントの違いを聞き取ったり、国によって違う表現が分かるようになります。アメリカではこうは行きません。どうです、そう思いませんか。それに、アイリッシュ・アクセントで話すとアメリカで人気者になれますよ。
フライドポテトはチップス。拍子木形に切ったものを言います。ちなみに、三日月形のものは wedges 。 ジャガイモにはうるさいです。
ポテトチップスはクリスプス。 Tayto [テイトー] はアイルランドの人気ブランド。お土産用に空港でも販売しています。
「酒場」。バーカウンターの後ろにいる店の男性は a barman 、女性は a barmaid 。 アメリカには snug はありません。
「セーター」。アラン・ジャンパーと聞いたら、アラン・セーターのこと。
「ゴミ箱」。この他に a dustbin, a litterbin
ドルの単位は buck 。アイルランドとイギリスでは、ユーロとポンドで違ってもクイッド。
車の「トランク」。アイルランドのタクシーはロンドンと違って大きい荷物はトランクに入れなければ。
「歩道」。アイルランドでは、自転車は歩道を走れません。
「往復切符」。ちなみに片道切符は a single ticket 。 アイルランドの列車は一部日本製。